少しづつお稽古に来てくださるメンバーの方も増えてきた近頃、そういえば自分の自己紹介をした事がなかったなと改めて思う事があったので、何回かに分けて自己紹介をさせていただきます。
このHPの巻頭にもありますが、月花美茶は一つのコンセプトを持っています。
月のように暮らしに寄り添う
花のように美しいものを大切に
お茶の時間のようなあたたかさと心地よさ
ここにあるように、私がこの名義を通じて表現しているのは、「生活の中でのお茶」です。
日々の暮らしをしっかりとおさめる事だったり、”心地よい”という生きた実感を与えてくれるこのお茶の力を利用して、人生という旅を愉しむという事です。
人間誰でも苦しいときや歓喜で心躍っているときなどの浮き沈みがあったり、それぞれの人生にバイオリズムがあると思います。
それでも”毎日”はやって来るし、仕事をするにも休息をするにも、生活を疎かにすることはできません。生きる営みが生活であり、人生の軸になっています。生活を整える手段は多様にありますが、私の場合はお茶の世界が一番私自身に合っているのでした。
私の育った家庭環境はとても波があって、今ではこの家庭だからこそと感謝することもたくさんあるのですが、高校生の時に家出をするという経験があるぐらい家庭環境のことで思い悩む時期がありました。一人娘で厳しい躾からくる母との衝突もひどく、感情が追いつかないことが多々、いつも不安が目の前にあるような十代でした。けれども、楽しかったことや、今でも忘れられない感動もたくさんあるので、それなりに良い経験をさせてもらっていると思います。中学は洋楽も昭和歌謡も含めていろんな音楽に救われ、高校生になってからはモードファッションに目覚めそしてストリートダンスの教室に通っていて、踊りとファッションとカメラに救われてなんとかやり過ごしていたように思います。母娘の二人シングルマザーの貧乏な時期も、母が再婚して両親の経営する仕事がうまくいってからの裕福な時期もあって、どうしていろんな事が極端なんだろうとよく思っていました。
極め付けは二十歳になってすぐに経験した実家の火事なんですが、このことについてはnoteに書いていますので、興味が湧いた方はご覧になってみてください。
https://note.com/emerald/n/n6ae27c0661ca?sub_rt=share_sb
過ぎ去ったことに関しては、苦労したとか苦労していないとかの次元ではないんだなということもなんとなく理解できてきて、ただ一つの物事が起こっただけに過ぎないのかと思うようになりました。苦労話を持ち出すのはあまり好きではなくて、しかし、過去の自分も開いてあげないと、本当の意味では私自身の自己紹介は出来ない事実があります。だってこれが私そのものですものね。
悲観もしないし、過剰に自分を善く見せようということもしたくない。誰かに褒めてもらったり、慰めてもらいたい経験なんてしていなく、学歴も職歴も資格もわざわざアピールするほどのものはない、ごく平凡な女がこの地球の東京という場所で日々お茶を愉しみながら生きている。お茶の時間で楽しく人生のバランスをとり、健やかな状態でその時その時に目の前にやってきているミッションをいろんな人のサポートも受けながら謳歌している。
客観的にはこういった目線で自分を見ています。私とお茶の関係性が密接だからこそ、その関係性が維持できる生活がありがたく、今こうして穏やかに健やかに生きていることに感謝が止みません。一番を目指さなくて良い、身軽になって、自分自身が一番自分の良き理解者で保護者であること。そんな世界観が自分の心の庭にあることを感じ取っています。
少し長くなってしまいましたが、読んでくださってありがとうございます。
日々の生活があたたかくありますように。